世界一の孤島、物資補給船をまだかまだかと待ちながら、毎日2人てんやわんやの駐在記。
モアイ損壊事件発生。脆いから触っちゃダメよ。
兎に角旅のお役立ち情報とか小ネタとか。

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モアイさん達 -観光ポイント-
(アイウエオ順)
  • アカハンガ
    広~い集落跡と祭壇

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  • アキビ
    黄昏7体

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  • アナ・カイ・タンガタ
    鳥の絵が残ってる洞窟

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  • アナケナ
    白砂と椰子のビーチ

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  • アナ・テ・パフ
    一番長~い洞窟

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  • オロンゴ
    鳥人儀式村

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  • タハイ
    目ん玉ギョロギョロ

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  • テ・ピト・クラ
    まんまるお臍

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  • トンガリキ
    デッカい15体

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  • バイフ
    うつ伏せで寝てる8体

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  • ビナプ
    立派な祭壇

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  • プナパウ
    チョンマゲ工場

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  • ラノ・カウ
    クレーター展望台

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  • ラノ・ララク
    造り掛け約400体

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ツルツルラパヌイ
さて日々齷齪と働いておりますが、本日で如月も終わり。ラパヌイも段々と季節が変わるのを感じるようになってきております。

本年度の夏は乾季の筈が雨天も多く、毎日の様にツアーに出動しなければならない我々も悩まされ続けであります。やはり世界的な異常気象の影響か、近年ラパヌイの寒暖差も徐々に開きつつあるとか。
ここには在るべき自然がその儘在る故、その影響も絶大なものなのでありましょう。

また島の自然には人間が直接的に刻んだ深い傷痕も、現在まで痛々しく残っておるのです。

諸説粉々としておりますが、人類がラパヌイに初めて入植したのは1500年程前の事。伝説や地質学的見地から紀元4、500年頃と見られております。
当時は「草木の生い茂る楽園のような島」でありました。現在とは異なり気温も18度から25度程度を維持する常春の島であったと言う者もおります。

しかしそこまで穏やかな環境となるとあれですな、人間というものは退屈をする。「何かやろうかな」或いは「何かしなければ」と思う筈。

そこである酋長は考えます。

「ここいらで一丁でっかい石像でもおっ建ててみっか!」

かくして始まったモアイ製造、終には集落の象徴であったアフ(祭壇)上に設置するに至り、石切り場から運ぶ必要が生じて参りました。

車輪や重機など存在する筈の無い世界。重いモアイを移動させるにはその場に在る物で工夫をしなければなりませぬ。ふと辺りを見回すと、あるではありませんか至る所に頑丈な木が。

やってしまえと木を切れば、随分立派なソリ完成、これはシメタと早速使用、モアイは無事に祭壇へ。

それを眼にした他の酋長、我も我もと追従すれば、楽園の如き島なれど、あっという間に禿島へ。

てな具合で現在島の高木は全て、50年程前からの植林により育った物なのであります。ツアーに出れば未だに高木の少ない島とお気付きになることでしょう。
支えられる程根が無い為に、雨が降れば肥沃な土が生みへと流れ出してしまい、農業の発展も妨げられており、木彫りのモアイが高額なのもこの所為なのであります。

笑い事ではありませぬぞ、これは現在の社会を具現化したようなもの。
何事もやりすぎは禁物也。


ラパヌイ共は、木だけに『キ』付かぬうちに切ってしまった訳ですな。

…お後が宜しいようで。

注:この物語は事実を元に作成したフィクションです。全部信じないでネ!
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| 2005/02/28(Mon)19:55 |
| [徒然日誌(雑記帳)] |
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夏が終わる
普段は本土で勉強しているイースター島出身の学生たちの多くは夏休み中島に帰省する。帰省の際にはランチリの定期便は使わずに、チリ政府の特別の計らいでチリ空軍機で島まで無料で帰省することができるようになっている。そして夏休みが終わるとまたチリ空軍機に乗り本土に戻ることができる。今日、その空軍機によって学生たちが本土に戻っていった。そして、島の高校を卒業し今年から新たに大学一年生になるものたちも不安半分・期待半分で本土での新しい生活を始めるため島を去っていった。

人口が4000人足らずの島で、多くの若者たちが島を去っていくというのは毎年恒例の大事件である。絆の強い島民たち、空港にはその学生たちを見送ろうと島民の殆どが集まり、自分たちの感情を隠すことなく表現していた。

島の観光で一番忙しい時期である夏、そして島で最大のイベントが行われる夏。多くの若者たちや観光客でにぎわっていた夏もこれで完全に終わってしまった。次の夏休みが始まる12月まで、残された島民たちにはまた単調で退屈な日々を過ごしていかなければならないという空しい気分に包まれている。
| 2005/02/27(Sun)17:37 |
| [徒然日誌(雑記帳)] |
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酒豪☆イン ラパヌイ
本日村のほぼ中心にあるスーパーマーケットに買出しに行ったところ、とんでもないものを発見致しました。

いつも通り必要なものを取り揃え、何か変わったものはないかと店内をフラフラとしてみたところ、なんと酒、日本酒が陳列棚に並んでおったのであります!
ラパヌイに駐在を決め込んではや1年と半年、以前存在した寿司バーでは良く見かけたものですが、それ以外の商店ではちらとも目にしたことが無いもの。感動のあまり手に取ると、近くで生活品物色中の知り合い共に、
「これがなんだか分かるか?」「知っているか?」
と迷惑顔を物ともせずに声を掛けまくり、当然そのままレジへ直行。
安い買い物ではありませんが、郷土の酒を久しぶりに目の当たりにして放っておく訳には参りませんでした。

只今我輩に捕獲された日本酒は冷蔵庫にて冬眠中。
燗にしようかそれとも冷か、温燗なぞも捨て難いと、また一つ夜を煩わす悩みの種が増えたのであります。

日本に住んでおられる方々には我輩の心境解かりますまい。
あー、今日はいい日だ。
| 2005/02/26(Sat)22:16 |
| [徒然日誌(雑記帳)] |
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ルピナス
のどかなイースター島では毎日面白い出来事が起こることはないので日記のネタ探しにとても苦労する。バナナ、タロイモと書いてきたから、この際島で目にする植物に関してシリーズで書いていくことにした。とは言っても荒涼とした島には植物の種類は決して多くはない。すぐにこのシリーズもネタが尽きてしまうことだろう。

さて、島でガイドとしてお客さんを案内していると遺跡のこと以外にもいろいろと当然尋ねられる。特に年配の女性からの質問で一番多いのが、その辺りに生えている小さな草花。今日はその中でもよく質問を受ける「ルピナス」について書いてみる。

現地語では「チョチョ」という名前が付いているまめ科の植物で遺跡の周りや道路脇に繁殖している。正式名称はルピナス「Lupinas polyphyllus」、和名は花を下からびっしりつけるところから「のぼり藤」と呼ばれている。全世界に300種ほどあり、花色は白、ピンク、黄、紫、青などと豊富だが、この島にあるのは一種のみ。毎年5月から6月にかけて黄色い菜の花のような花をつける。この植物はもともと島にあったものでなく、原産は北アメリカ/地中海沿岸。つい最近になってオーストラリアから島に伝わったと聞く。

土地を選ばず、どんな荒れ地にも育つところから命名されたこのルピナス、「狼」という意味があるという。島へは土壌の質を高めるために導入されたものらしいが、現在繁殖しすぎて逆に問題になっている。何ヶ月も放っておくとたちまち遺跡を覆ってしまうので、定期的に草刈りをしなくてはならない。

さらにたいへんなのは花が咲き終わったあとのマメだ。まるでスナックえんどうのようなおいしそうなマメをつけるが、なんとこの中には微量に毒が含まれていて、島で放し飼いにされている馬や牛などの家畜が間違って食べると胃の中で発酵し胃を膨張させ最後には死んでしまうという恐ろしい植物。

スナックえんどうが好物の俺、チョチョじゃなくてスナックえんどうを島に伝えておけばよかったのに・・・。
| 2005/02/25(Fri)14:21 |
| [島の植物] |
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タロイモ
タロイモはポリネシアの島々で主食となっていた重要な作物だ。日本の里芋に似てると思っていたら案の定、分類はサトイモ科サトイモ属。草丈は、大きいもので1~1.5m、葉の大きさは長さ30~50cm、幅30cmにもなる。

タロイモの味は日本の里芋と比べるとちょっと大味の感じ、この島ではそのまま蒸して食べたり、ペースト状に水を加えながらすりつぶして「ポエ」という甘い餅のようなものに加工したりして食べていた。

俺の田舎では「いもがら」といって里芋の茎の部分を干して味噌汁の具にしたりするが、ポリネシアでは芋の部分以外は食用にはしてなかったようだ。

湿気を好む植物なので、川がないイースター島では栽培がたいへんだったろう。大抵は湿気がある程度保たれている自然にできた窪地や、湿気が逃げないように石で囲いをした中で育てていた。

それにしても、ポリネシア人は芋を主食にしていたわりには体格がいい。日本人が里芋を食べ続けてもあの身体になることはないだろう。
| 2005/02/24(Thu)11:07 |
| [島の植物] |
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強制深夜労働
このところラパヌイにやってくるLAN航空、サンティアゴ発LA833便の到着が大幅に遅れております。
通常21:20着予定が先週16日(水)は01:30着、20日(日)は02:30着と尋常な遅延ではありませぬ。
更にこの煽りを受け、タヒチからのLA834便も正午までには着く筈が15:30過ぎまで降りて来ませんでした。

LAN職員は揃うて口を濁すが故、未だ明確な原因も解らず。聞いても「遅れているんだから仕方がない」と横柄な態度。とは言え責は認めており、乗継便の変更、乗継先での宿確保、出発前の食事サービス他、遅延に寄る煩わしい手配等は全て請け負っておりました。当然ではありますが。

これについて様々な憶測が飛交っております。
「整備不良」、「サンティアゴにて乗り継ぐ客を待っていた」、「要人が遅れて搭乗した」、「急病人が出た」云々・・・

まぁどれもありそうな話ではありますが、どうも気になるのが
「LANの航空機数が充分にない」
という噂。最近の過増便、新航路過開設の為、飛行機が足りないと言うのです。

日本人である我々にすればまさかと思う事なれど、所謂自転車操業、見切り発車の得意な南米人、強ちありえないとも言い切れませぬ。

ちょうど遅延便を利用なされた方々、多大な迷惑を蒙ったことでしょう。心中ご察し申し上げます。

本日のLA833便は30分遅れで到着。普段の調子に戻りつつはありますが、まだまだ安心は出来ませぬ。
これからLANのご利用をお考えの方、旅行日程には出来得る限りの余裕をお持ちくだされ。

島の旅行業で喰う我々もただただ振り回されるのみであります。

夜は寝かせてくださいな。
| 2005/02/23(Wed)22:01 |
| [お役立ち情報]フライト 入国 |
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バナナ
俺はバナナが大好きだ、毎日食べても飽きることはない。現地語でバナナのことを「Maika」と呼ぶ。この島には7種類もバナナがあり種類によって形も味もさまざま、「長いマイカ」、「太いマイカ」、「短いマイカ」など言い分けている。日本で食べるバナナと違って、どれも熟れるまで収穫しないので本来の甘味が楽しめる。

バナナがなっているところを島に来るまで見る機会はなかったが、実際に見てみると実に面白い植物である。まず、種で増えてるようではなく竹の子のように根元から株が育って増えていってるようだ。それが大体一年くらいで3mくらいに成長し実をつけるが、驚いたことにバナナにもちゃんと花が存在した。

気になっていろいろと調べてみたら、植物学的にいうと、単子葉類ショウガ目バショウ科バショウ属の多年生草本、つまり「木」じゃなくて大きな「草」だった。もともと東南アジア辺りの湿地帯で野生種の栽培化が始まったらしい。それが、ポリネシアの島々まで広がったということは、太平洋の島々に移住した人々が船に載せて広めたということか。たかがバナナと思っていたが、なんとも壮大な歴史が秘められていた。
| 2005/02/22(Tue)12:27 |
| [徒然日誌(雑記帳)] |
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入れ墨
イースター島はポリネシア圏の一つの島なので、その文化もポリネシア系である。今日は島の伝統文化の一つ、入れ墨について書いてみたい。ちなみに英語のTatooはポリネシアの言葉が語源である。近代、イースター島ではキリスト教の宣教師によって伝統文化の継続の制限が設けられた時代があったが、その制限も最近は緩和されているので入れ墨の文化も現在まで生き残ることができた。

島民は男性も女性も、身体のどこかしらに島独特のデザインの入れ墨が入っている。鳥、亀、トカゲ、魚など島に住む生き物のデザインや、頭が鳥で身体が人間の鳥人のデザイン、王のシンボルのレイミロと呼ばれる三日月型のデザイン、まだ解読されてないロンゴロンゴという象形文字のデザインなどさまざまだ。

ところが、不思議なことにモアイで有名な島であるにもかかわらず、モアイのデザインを入れている人はほとんどいない。なぜなのだろう・・・。今度入れ墨師にでも聞いてみよう。

さて、3年島にいる俺はというと勇気が出ずにまだ入れられずにいる。一生残るものなのでデザインや入れる場所を決定するのが難しいというのがあるが、一番の理由としては日本に戻って温泉に入れなくなるんじゃないかと心配だからだ。海外に何年住んでも俺はやはり温泉好きの日本男児なのである。
| 2005/02/20(Sun)09:42 |
| [徒然日誌(雑記帳)] |
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ラパヌイテレビ
さてと、本日は何を書きましょうか。
非常にのんびりとした島故、事件も殆ど在りませぬ。

このような日にはテレビでも鑑賞しながらボーッとしていたいものであります。
と、電源を入れるも連日似たような番組ばかり。お決まりの純愛(?)連続ドラマ、我輩には理解し難いチリのお笑い番組、数年前のハリウッド映画・・・
結局ニュースのみ確認し、床に就く日々なのであります。

ラパヌイに存在するテレビのチャンネルはたったの三局。本国チリの国営放送『TVN(7チャンネル)』、昨年参入したばかりの『RED(9チャンネル)』は映画放映が多く、残る一つは木曜から日曜夕方のみの現地放送局『MATA O TE RAPANUI(13チャンネル)』。
新聞もない島ではこの三局、無くてはならぬ娯楽なのでありますが、如何せん面白みに欠けるものばかり。それが南米と解かっていつつも踊り、騒ぎ、恋愛するばかりの俳優はもう見飽きてしまい申した。

元来映画好きの我輩、映画館の無いラパヌイ駐在一周年記念にして一念発起。去年の暮れ、大枚を叩きテレビ、DVDデッキ、ホームシアターセットを一括購入致しました。
お蔭で懐は随分と淋しくなったものの、これで存分に映画が愉しめる、と思いきや、当然の事ながらDVDソフトが無ければ役立たずな訳ですな。しかし島内ではDVDソフト、売っておりませぬ。

只今所有する映画はほんの数本。ここ数ヶ月、日本の家族、友人共に頂いたものを繰り返し観ているのみであります・・・
| 2005/02/18(Fri)19:51 |
| [徒然日誌(雑記帳)] |
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サングラス
最近サングラスを購入した。格好をつけるためではなく、流行を追っているわけでもなく、本来のサングラスの目的どおり目を保護するためである。これまでの人生で俺はサングラスというものをしたことがなかった。北欧人の目ならまだしも東洋人の黒い目は太陽に強いものだという迷信めいたものを持っていたからだ。

しかし、ここイースター島の日差しはやたらと強い、特に紫外線が多いようだ。島にずっと住んでいてどんなに慣れてると思っていても、日焼け止めクリームなしに一日観光を終えると肌が赤く日焼けしている。目にも同じ量の紫外線が降り注いでいるわけだ。それにイースター島には舗装されてない道路もまだ存在しツアーの移動中や観光先で砂埃が立つことが多い。さらに、荒涼としたイースター島では一年中風が強くふいている。

これまで目を保護することなしに3年近く島に住んでいたが、最近になって目がよく充血しているのに気が付くようになった。コンタクトレンズをしているせいもあるだろうが、それにしても以前と比べて充血の頻度が多い。島のガイド仲間に聞くと上に書いたような理由らしい。事実、彼らの目の症状は俺のものよりもさらに重症でいつも充血しているような目をしている。ひどいものは充血だけではなく薄く黄色い膜のようなものができている例もある。

これはたいへんだとすぐに島の小さな病院に行って相談すると、目を保護することが大切だとアドバイスを受けた。サングラスは値段が高ければ高いほどレンズの質がいいらしい。そこで思い切って結構な値段のサングラスを購入した。レンズにこだわっただけではなく埃や風が目に入らないようにレンズの淵にカバーがついたものを選んだ。これが驚くほど快適で、なぜ今までサングラスというものを使わなかったのかと後悔した。

問題は俺に似合うかどうかということだが、島の皆には虫の目のように見えるらしい。サングラスをして友人に近づくと虫の音の真似をされてしまう。目を守るためだ、これくらいがまんしよう。
| 2005/02/17(Thu)10:47 |
| [お役立ち情報]お天気と服装 |
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イースター島お天気情報
夏祭の喧騒も過ぎ去ったところでお役に立つやも知れぬ情報を一つ。本日はここラパヌイの気候について一席設けさせて頂きます。

皆様日本やその他、ラパヌイ外に居られる方は
「イースター島って南の島だろ?いつも晴れてて暑くてTシャツなんかも脱ぎたいぐらいなんじゃねーの?」
とお思いでしょうが、甘い。実際は想像を絶する過酷な天候なのであります。

駐在、観光案内する者として来島される方々に必ず持参して頂きたい物は幾つかございますが、特に雨具をお忘れになってはなりませぬ。嘘だと思われるな、ラパヌイでは時として30分毎に天気が変わるのであります。
更に雨が降り始めれば概して風も強くなり傘は役立たず。台風、とまでは行きませぬが、運が悪ければ嵐であります。
百均の物でも何でも雨合羽、若しくは防水ウィンドブレーカーを最低一着は用意して頂きたい。耐水性のズボンまであれば尚宜しい。観光中、盛装を求められる場は全くありませぬのでご心配召されるな。

一般的に12~4月のイースター島は乾期だと言われておりますが、全く雨が降らない訳ではないのであります。

また日差しも非常に強く、一度晴れた外を歩けば肌は真っ黒、いや真っ赤になりましょう。日焼け止め対策、お持ちであればサングラス、帽子もお忘れなく。天気が変わり易いと云う事は晴れ間も除く訳ですな。観光前には雨が降っていても必ずサンオイルを、であります。

それから気温。冬季は言うに及ばず、我輩もダウンジャケットを纏い観光に出掛ける程寒いのでありますが、暑い夏期でも日が陰れば思いの他冷えるのであります。薄手の長袖を数枚用意し、簡単に脱ぎ着出来る服装であるのが最適かと。雨具で代用する、と云うのも旨い案であります。
一年を通し、夜間は冷え込む為、トレーナーのような物が一着あれば便利であります。特に星を観たい方、飲みに出かけたい方、ディスコで朝までヘベレケになりたい方には必需品。

驚くなかれ、冬季はラパヌイ共もニット帽のマフラーで震えるような島なのであります。
体調を崩されたくない方は事前の準備を怠りなく。
| 2005/02/14(Mon)20:10 |
| [お役立ち情報]お天気と服装 |
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タパティの閉会式
1月28日から始まったタパティが昨晩やっと閉会式を迎えた。例年になく17日という長い期間行われた今回のタパティ、歌や踊り、競技など休む暇もなく毎日なにかしらのイベントがあった。これらのイベントで点数を稼いでいき、最終的に勝ったチームの代表がラパヌイクイーンとなれる。

今年のクイーンはバネッサ、昨日の閉会式では結果発表の後に、バネッサと彼女のチームが勝った喜びを表現するための歌や踊りがあり、村長の挨拶が続き、最後に島の音楽グループが祭りが終わってしまうことを惜しむように夜遅くまで演奏を続けていた。

タパティが目当てに島を訪れていた観光客も去り、毎晩飲み歩いていた島民も普段の生活に戻りつつある。本土から夏休みを利用して島に戻っていた学生たちも本土を帰る準備を始めている。今年のイースター島の夏も終わろうとしている気配である。
| 2005/02/14(Mon)17:22 |
| [お祭騒ぎ]タパティ 2005 |
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仮装大賞
えー夏祭も残すところ後一日、昨日は島の目抜き通りにて盛大なパレードも行われ、終盤、と云う雰囲気が漂い始めております。
このパレード、所謂仮装行列の様なもの。島の民族的な衣装、と言っても褌、腰蓑のみではありますがこれを身に纏い、身体に思い思いの模様を描き、踊りながら練り歩く訳であります。
勿論女性は胸当も許されておりますが、中には昔同様に自ら着用せずに居るご婦人もちらほら。ちとムフフ、いやいや、独り身の我輩にとっては目の毒なのであります。

このパレード、特に参加資格の制限もなく、一旅行者でも参加可能。本年も行列中に日本人の顔が幾つかございました。

実は我輩、以前から行列への参加を目論んでおり、仮装だけでは詰らぬと、島の丁髷『PUKAO(プカオ)』を結う為に、一昨年は坊主であった髪を伸ばしておりました。
今や肩に届くどころかボサボサに伸び過ぎた状態、当然髷が充分結える丈。準備万端いざ出陣、と行く筈でありましたが、本年も野暮用が・・・

果てさて上手い散髪屋もないイースター島、次回の為にこのまま伸ばし続けるか、それとも暑くもうっとおしいので刈ってしまうか、日本から持参したバリカンを見つめ悩んでおります。
| 2005/02/12(Sat)20:05 |
| [お祭騒ぎ]タパティ 2005 |
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ポリネシア三国
昨日空港に行きますと、何やら何時もと異なる雰囲気。
それもその筈、ラパヌイの踊り子と、最近幾度か見掛けた顔、恐らくタヒチ人と思われるギター弾きが集い、片隅で演奏していたのであります。

何を隠そう、ギターを抱えて日本を飛び出した我輩、一端業務を済ませた後、爪弾く音に誘われる儘、何時の間にやらそちらに足を向けておりました。
折も折、ラパヌイ最大の祭の最中であります。何時もは親しげに話し掛けて来る普段着ラパヌイ共も、この時ばかりは夢中で演奏。
弾いているのは当然島の音楽ではありますが、タヒチ連中我等同郷同ポリネシアと言わんばかりの勢いで、絶妙に合わせるのであります。

暫し聞き惚れては居りましたがこれは別れの儀式であるなと悟った我輩、邪魔をしてはならぬとその場を離れたのでありました。

そろそろ搭乗客も集まり始め、旅客機の到着かと思う頃、今度は外の駐車場に黒山の人だかり。持前の野次馬根性を擽られた我輩は当然の如く観に行く事に致しました。

輪の中心は先程は大人しく演奏家と離れて座を成していたポリネシア人勢男子二名女子四名。素足で直立する彼等、何やら神妙な居出立。向かうはこちらも南国系数十名。先程のギター弾きの顔もあり、こちらはタヒチ人のようであります。
俄に緊張がその場を納めたその瞬間、素足の側が天にも届く大声で
「ガンバッテ ガンバッテ・・・」
なんとオールブラックスで有名なマオリの『ハカ』を踊り始めたのであります。
我輩は只只呆然と見入るのみ。神に魅入られたかの如く踊り続ける彼等六名は力強く、数百年前を髣髴とさせるようでありました。

全ての舞踏が済んだ後、その場の全てのポリネシア共、額同士を接着させるマオリ式挨拶法により、神の踊り子に敬意を表しておりました。

そのうち便も到着。登場客は既に搭乗完了。ラパヌイに二週間程滞在しておったタヒチ勢、非情な空港アナウンスに急かされ、後ろ髪を引かれつつも本国へ発って行ったのでありました。

ラパヌイも含まれるポリネシア、言語や習慣の類似のみならず。深い絆でも堅く結ばれているのであります。

本日はちと祭と逸れた話。感動し過ぎたが故、面白くは書けませぬ。
| 2005/02/10(Thu)19:15 |
| [徒然日誌(雑記帳)] |
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伝統料理コンテスト
イースター島最大の祭「タパティ」は今日も続いている。今日のイベントは「伝統料理コンテスト」、毎年タパティの中休み的イベントとして行われるもので、今回も8チームの参加があった。当時主食であったタロイモやサツマイモの料理に始まり、「トゥヌアヒ」と呼ばれる焼けた石の上で魚を調理するもの、「ウムタフ」と呼ばれるポリネシアの伝統的な魚・鶏肉などの蒸し焼き料理、島でとれるパイナップル・スイカ・パパイヤなどのフルーツの盛り合わせなど。そして、なんと言っても注目されたのが、以前はよく獲れたが6年ほど前の乱獲が原因で最近はまったくとれなくなってしまったロブスター料理だった。

この料理コンテスト、毎年審査が終わったあとにはその料理が観客に振舞われることもあり、地味なイベントのわりにはギャラリーが多い。朝10:00から調理が始まり、例年どおり遅くとも13:00くらいには審査が終わると皆予想していたが、今年はどういったわけか14:00になっても15:00になっても審査が終わる気配がなかった。

観客の空腹も頂点に達しただろう15:30ごろになってやっと審査が終わりそうな気配、人だかりはやはりもっとも注目されているロブスター料理に集中していた。審査が終わるか終わらないかぐらいになってロブスター料理を作ったチームがなにやらクーラーボックスを持ち出してきて、なんとそのロブスター料理を1つ残らずしまい始めてしまった。

一瞬がっかりした観客、しかしめげていただけではなにもありつけないと悟ったのか、立ち直りが早かった。試食の合図とともに料理をしまいこむ気配のないチームの料理めがけてダッシュ、約5時間かけてできた料理がものの5分もたたずに完食になった。スタートのタイミングを誤ってしまった俺は結局何も口にすることはできなかった。島で生き残るためにはがめつくあるべしとあらためて悟った。
| 2005/02/08(Tue)20:13 |
| [お祭騒ぎ]タパティ 2005 |
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タパティの夜
祭の話ばかりではありますが、厭きる迄お付き合い頂きたく。現地に住んでいる我輩は既に参っております。

2週間以上も続くこの『TAPATI(タパティ)』、例年通り日曜を除く殆ど毎晩、何等かの催し物が行われております。観光業で成り立つここイースター島、祭の最中も来島者が減ることはなく、ラパヌイは土日も関係なく働いている筈なのですが、何故か日曜はお休み。束の間の静寂に包まれるのであります。

そのような事はさておき、如何に夜を盛上げるかと言いますと、舞台では唄と踊り、稀に演劇。老若男女、民族衣装やアロハシャツに身を包み、深夜迄兎に角唄い、踊り、演ずるのであります。
これは宜しい。正しい祭の在り方ですな。己の伝統を再確認しつつ存分に楽しむ。素晴らしい事であります。

舞台の設置された広場には『HARE MAUKU(ハレ・マウク)』と呼ばれるバナナの葉やトトラ葦で造られた屋台。牛肉の串焼き、エンパナーダをビールをお供に流し込み、遣って来る知り合いと更にもう一杯。演目を終えて掛け付けて来る者と合流しもう一杯。「そろそろ今日の舞台も終わりか、じゃ、もう一丁盛り上げるとするか!」ともう一杯・・・

午前4時時過ぎになりますと千鳥足のラパヌイの若者、次は何処かディスコへかと、暗闇の中へと消えて行くのであります。

・・・最後は普段の週末と何ら変わらぬ祭の夜なのでありました。
| 2005/02/08(Tue)20:00 |
| [お祭騒ぎ]タパティ 2005 |
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ハカペイ
地味なイベント情報が続いた中、今日は祭のメインイベントのハカペイの報告をしたいと思う。「プイ」と呼ばれる丘の頂上から、バナナの幹を二つ合わせて作ったソリに乗って滑り降りるという競技で、その昔島の若者たちが勇気を示すために始まった伝統的なスポーツを現在に再現したものである。かなりの傾斜がある丘でうまくスピードに乗ると時速50~60kmくらいの速さが出る。毎年怪我人が必ず出る危険な競技だが、命知らずの島民が今年も10人ほど参加した。

今年のハカペイで注目されたのは、男性に混じって女性選手の参加があったことだった。彼女の名は「Maria Rapanui」、特に男性のように身体が大きいわけでもないが、勇気は男性の選手並だった。うまくスピードに乗り切れなかったり、斜面の途中で窪みひっかかって転落する選手もいた中、彼女のソリはスピードをうまく保ち無事にゴールまで辿り着き、見物人からは大きな声援を貰っていた。彼女の記録が18秒、優勝タイムの15秒には及ばなかったが、なかなかの健闘である。これまでも島の女性は気が強いというイメージがあったが、今回さらにそのイメージが強くなった。島の女性と付き合うには相当な覚悟と勇気が必要になるだろう。
| 2005/02/06(Sun)21:39 |
| [お祭騒ぎ]タパティ 2005 |
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地道な作業?
昨年もそうでありましたがイースター島にて只今開催中の夏祭、『鉄人レース』やら、『ハカ・ペイ』と称するバナナの幹で作られたそりで褌一丁の大男が急斜面を滑り降りる競技やら、派手な催しも幾つかある裏で、実は地味な、殆ど隠れて誰にも知られず、放っておいてくれと言わんばかりの物も多いのであります。

一昨日、5日から行われておる、岩に彫り物を施す競技がそれに当たりましょう。
これには他の催し物には付けられているラパヌイ語の競技名さえないのであります。日程表を確認するも、「12時に石に彫るの始めんぞ~」と西語、英語で記述されてあるのみ。開催地もあまりはっきりせず、仕方なしに自転車にて探しに行く破目に相成りました。

と、ものの2分も行かぬ内に車が海岸沿いに数台停車しておりました。近付くと波打ち際の岩礁上で、ラパヌイ共が4名ほど、何やらビールを片手に談笑中。
こんなものに拘っておったら幾ら時間があっても会場を見付けられぬと、我輩は気にも留めずに走り過ぎたのでありました。

暫くの間その辺りと思われる箇所をぶらぶらと幾つか巡った末、とうとう何も見付けられぬまま、ちと落胆して帰途に就きますと、先程見掛けたラパヌイの人塊が俄に膨れ始めておりました。何事なるかと近くに寄れば、半時前まで酔うて居たラパヌイ共、手斧を片手にトンテンカンと、己の足元の岩を掘り始めているではありませんか。空いている手には飲みかけのビール、良く良く目を凝らすと作業中の岩礁の上にもビールが幾つか・・・

眼を疑った我輩、傍の者に訪ねると、「やっと始まったわ。俺も職人だが参加はしねぇ。酒は仕事が済んでから飲むもんだ。」
・・・尤も哉。

続々と増えるものかと思われた観衆も20名を数えるとそれ止まり。以降は通り掛かりの観光客がちらほらとあるばかり。
何の案内札もない岩彫り会場では、波と手斧の音が淋しく響いているのでありました。

気にも留められぬこの競技、今週9日水曜日まで続けられるのであります。
嗚呼哀愁。
| 2005/02/06(Sun)19:30 |
| [お祭騒ぎ]タパティ 2005 |
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モエンガ
タパティの続報。今日は島に生えているトトラ葦と呼ばれる植物から作る「モエンガ」(ござ)作り大会があった。トトラはラノカウ火山やラノララクの火口湖に生えている葦で長い物は2m~2m半くらいになる。昔の島民はこのトトラ葦から作ったござを住居の床に敷いていたらしい。

朝10時から始まったこの大会、カイカイにも増して地味なものだったが、これがほのぼのとしていい感じなのかもしれない。出場しているチームは計8チーム、各チーム2人つづで構成されている。出場者は伝統衣装を身に着け作業に夢中になっていた。

トトラは採ってきたばかりのものは湿っていて使いづらいので、何日か干したものをあらかじめ用意してある。この材料を一本一本よく選別してきれいに並べてから編み始めるチームも、まったく計画など立てずにいきなり作業を始めるチームもあり、各々の性格が現れているようだった。

編み方の複雑さ、美しさだけでなく、速さや大きさまでも審査の対象になるらしく、たかがござとはいえ奥深いものだと感心はしていたが、あまりにもほのぼのとしすぎて完成するまでの3時間弱見学していることはさすがにできなかった。
| 2005/02/05(Sat)18:59 |
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えーと
お初、我輩イースター島に住んでおります。
何だか気付かぬうちにblogなるものを立ち上げておったので、これからいろいろ書いていく事に相成りました。
本名を明かすのはちと恥ずかしいもので、とりあえず筆名を『アナ・☆ケケとマグロ・カパック』とさせて頂いております。はい、2人居るのであります。どちらがどちらか等どうでも宜しい。まぁお暇な時にでも読んで頂ければこれ幸いかと存じます。

えーさて、何を書くかと首を傾いでおった所、相方が祭について既に書き始めているようで、我輩もそれに続くことに致します。

本日ラノ・ララクという火山で「鉄人レース」なる珍妙な競技が行われることを聞き立て、これは然りと出掛ける事に致しました。
この競技、毎年島の伝統行事、「TAPATI(タパティ)」なる夏祭で繰広げられるものであり、筋肉隆々たるラパヌイの猛者共が湖を泳いだりバナナを担ぎ走ったり、所謂トライアスロンですな。間近で眼にしますと、これがまた大迫力なのであります。
昨年の興奮を抑えつつ、供に行くことに相成ったラパヌイの友人を今か今かと待っておりました。

しかし開始予定時刻の夕方6時をとっくにまわったものの、待てども待てども彼は訪れず。開催地は20キロ以上離れたラノ・ララク、車を持たぬ我輩には到底辿り着くことの出来ぬ遠方と途方に暮れておりましたところ、45分遅れで家族を引き連れ颯爽と到着。開口一番、「いつも始まんのおせーから大丈夫だっぺ、まだ間に合うよ。」・・・

何時もの事ながら遅れたことに対しての弁明や謝りの言葉を発する事無く、我輩を拾い、いざ出発。我輩も彼の言葉をぼんやりと信じ、「そんな物か」と独りごちるのみ。
ラノ・ララクまでの約20分間、魅力的な友人の奥方は助手席から「この人とくっついて10年以上、あたしゃ長いことラパヌイに住んでんだけどね、今年が初めてだよ、レース観に行くの。」としきりに喜んでおりました。後部席、我輩の隣では親類も含め3人の子供と赤ん坊達が大暴れ、車も時折100キロ毎時を越える速度で弾丸のように走り続け、車内は大混乱で遂に到着。皆の興奮も最高潮に達し、我先にと車を飛び出したのであります。

「さぁ~てと、じゃ、行くべ」の父親の声に従い、競技場である火口へと意気揚々と歩き始めたところ、何故か人々がその火口から大群を成して降りてくるでありませんか。
時既に午後7時。もしやと思い、どうした事かと訳を尋ねると、「もうとっくに終わったぞー」との返答。一同唖然・・・

家族全員項垂れての帰途、流石の我輩も茫然自失。このような心持に相成るのは島に来てから何度目かと自問自答に耽る始末。申し訳ないと思うてか、父親だけは陽気に「おまんま喰いに行くべ」を連呼するのみ。
あわや家庭崩壊か、と思われた雰囲気も次第に和み、我輩も「餌で誤魔化す魂胆か」とは思いつつも賛成するより仕方なく、揃うてホットドッグを食しに出掛け、今日も平穏なラパヌイの一日が暮れて行くのでありました。

何、「祭の話じゃない」と申されるか。・・・トホホであります・・・
| 2005/02/04(Fri)22:40 |
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カイカイ
タパティが始まって6日目、昨日もメイン会場に行って来た。出し物は島に古くから伝わる「カイカイ」と呼ばれる、日本のあやとりと同じようなもの。島民の苗字には「アラキ」さんや「イトウ」さんがいるけど、ここにもイースター島と日本との深い関わりがあるんじゃないかと思わせる共通点があった。島の最も重要な伝統文化のうちの一つだけど、タパティのようなイベントで披露するもんじゃないと毎年思う。だって、ステージの上であやとりしても観客席からは小さくてよく分からないし、むちゃくちゃ地味で祭りという感じがしない。ステージにでっかいスクリーンでもあれば話は別だけど・・・。このカイカイを披露していた男の子がけっこう緊張していて2回ほどしくじってしまった。3度目になんとか苦労しながら完成させることができたんだけど、その途中で集中していたあまりマイクで独り言も音が拾えてしまうことを忘れていて、スペイン語で「Concha tu madre」と一言漏らしてしまった。観客席は心配そうに見守っていただけにこの一言に大爆笑していた。やっと完成したあやとりを崩さないように伝説のくだりを歌い上げた後には観客から大歓声を貰っていた。この反応に一番驚いていたのは彼本人だったに違いない。
| 2005/02/03(Thu)18:54 |
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